日本GPにむけて 2004年振り返る その2 ― 2005年09月05日 11:42
さて、決勝日です。
午前中のウォームアップ走行では、ロッシ、ビアッジ、カピロッシが好タイム。ポールポジションの玉田は8位のタイムであまりよろしくありません。
おいおい、大丈夫なのか?やっぱりロッシが優勝しちゃうのか?と心配させながら、決勝の時間となります。
MotoGPゲートオープンとなり、各選手がピットからコースに飛び出していきます。
ポールポジションは玉田誠。グリッド紹介で真っ先に紹介されます。う~ん、しびれますw
グリッド紹介も終り、スタートの時間となります。1周ウォームアップラップの後、選手がグリッドについて、いよいよスタートです。
赤ランプが消えて、MotoGP独特の爆音がサーキットに響きます。1,2コーナーを一番早く立ち上がるのは誰だ?と全世界が注目していたそのとき、事故は起きました。
予選2番手のホプキンスとカピロッシが接触して転倒。それに後続が次々と巻き込まれ、あれよあれよという間に、ホプキンス、カピロッシ、ビアッジ、エドワーズ、ロバーツ、ヘイデンの6台がリタイヤしてしまいます。
後で玉田は、スタート後の1コーナーの進入について「オーバーペースだったのでなにか起きるんじゃないかと思っていたら、やっぱり大変なことになっていた。」と語ってます。
好調なときはこういう危機を回避する運も味方するんですね。
そして、その混乱をうまく切り抜けたのがカワサキのエース、中野でした。なんと、1周目を4位で通過します。
ロッシ、玉田、メランドリ、中野、ノリックという順序です。
玉田は1周目こそロッシに少し離されていましたが、2周目にはもうぴったり後ろにつけてます。
得意の90度コーナーで何度も仕掛けて、ロッシにプレッシャーを与えます。
また、4位争いで中野とノリックがバトル中だったりします。
4週目、ノリックが90度コーナーで中野をかわして4位浮上。そして、中野のマシンから白煙が2度ほどでて、びっくり!!
中野のマシンは初日に炎上していたので、中野もここまでか?と思わせますが、その後は何事もなく周回を重ねます。
ロッシ、玉田のトップグループと3位メランドリの差がだんだん開いていきます。
そして、ついに玉田が動きました。5週目の90度コーナーでロッシをパス、遂にトップです!!
みんな、スゴイ歓声で玉田を応援します。もちろん、おいらもw
その後、玉田はロッシを引き離しにかかります。ロッシも、タイヤがイマイチだったのか、思ったほどペースが上がらす、玉田追撃が出来ない模様。玉田、こけるなよ、BSタイヤも最後までもってくれよ、と祈りつつ戦況を見守ります。
9周目、順調に4位走行していたノリックがまさかのスローダウン。マシントラブルで、そのままピットに入ってリタイヤしてしまいます。母国GPでリタイヤするのはさぞかし無念でしょう。でも仕方ありません。それが勝負です。
レース中盤は、上位にあまり変動はなく淡々とラップを重ねていきます。
調子がイマイチのセテはどんどん順位を下げて7位まで落ちます。
そんな中、玉田は一人元気に走ります。ロッシとの差を1秒以上と徐々に広げていきます。
そして18週目、ついに中野が90度コーナー(だったよな)でペースの上がらないメランドリをパスして3位に浮上します。
グランドスタンドのカワサキ応援席からは悲鳴に近い歓声!
このままいけーっ、って感じです。
この時点で玉田とロッシの差は4秒ちかく開いてます。こけたり、マシントラブルになったりしない限り、玉田の優勝は間違いありません。でも、速度をゆるめず、後ろを振り返らないで走る玉田。日本GPへの意気込みを感じます。
そしてファイナルラップ、こけるなよと祈りつつ玉田を見守ります。ロッシとの差を6秒に広げ、玉田がトップでグランドスタンド前に姿を現します。スタンドは大歓声。
最終コーナーを回って、初めて後ろを振り返り、ウィリーでチェッカーを受けます。ファンサービスも忘れてませんねw
やってくれましたよ、玉田誠。ロッシを押さえて優勝です。
2位にロッシ、そして3位でカワサキの中野がゴールラインを通過します。
もてぎはこのとき、割れんばかりの大歓声に包まれましたw
日本のGPで最高峰カテゴリーで、日本人が優勝、また、表彰台に2人の日本人が乗るという素晴らしいリザルト。
いや~、燃え尽きるというのはこういうことを言うのですね。
見ていて、とても面白かったし、その場で、あの感動を共有できたことが、とても嬉しかったです。
中野はインタビューで、今までのレースのなかで、最後のラップが一番長く感じたと言ってました。それほど中野にとっても、カワサキにとっても貴重な3位だったのでしょう。
また、もてぎの決勝の日は予選と比べてかなり暑かったので、路面温度も予想以上に高くなっていたようでした。
玉田はレース後、タイヤの選択について「最初はロッシと同じようなタイヤを履く予定だったけど、それじゃ勝てないと思ったので、思い切ってBSの人の勧めるタイヤにした」というようなことを言ってました。結果このように明暗が分かれたのですね。
また、レース後、ロッシは「玉田に負けたのか、タイヤ(ブリジストン)に負けたのかよくわからない」というコメントを残しました。
そして、2004年の日本GPは様々な感動を残して終わっていったのでした。
午前中のウォームアップ走行では、ロッシ、ビアッジ、カピロッシが好タイム。ポールポジションの玉田は8位のタイムであまりよろしくありません。
おいおい、大丈夫なのか?やっぱりロッシが優勝しちゃうのか?と心配させながら、決勝の時間となります。
MotoGPゲートオープンとなり、各選手がピットからコースに飛び出していきます。
ポールポジションは玉田誠。グリッド紹介で真っ先に紹介されます。う~ん、しびれますw
グリッド紹介も終り、スタートの時間となります。1周ウォームアップラップの後、選手がグリッドについて、いよいよスタートです。
赤ランプが消えて、MotoGP独特の爆音がサーキットに響きます。1,2コーナーを一番早く立ち上がるのは誰だ?と全世界が注目していたそのとき、事故は起きました。
予選2番手のホプキンスとカピロッシが接触して転倒。それに後続が次々と巻き込まれ、あれよあれよという間に、ホプキンス、カピロッシ、ビアッジ、エドワーズ、ロバーツ、ヘイデンの6台がリタイヤしてしまいます。
後で玉田は、スタート後の1コーナーの進入について「オーバーペースだったのでなにか起きるんじゃないかと思っていたら、やっぱり大変なことになっていた。」と語ってます。
好調なときはこういう危機を回避する運も味方するんですね。
そして、その混乱をうまく切り抜けたのがカワサキのエース、中野でした。なんと、1周目を4位で通過します。
ロッシ、玉田、メランドリ、中野、ノリックという順序です。
玉田は1周目こそロッシに少し離されていましたが、2周目にはもうぴったり後ろにつけてます。
得意の90度コーナーで何度も仕掛けて、ロッシにプレッシャーを与えます。
また、4位争いで中野とノリックがバトル中だったりします。
4週目、ノリックが90度コーナーで中野をかわして4位浮上。そして、中野のマシンから白煙が2度ほどでて、びっくり!!
中野のマシンは初日に炎上していたので、中野もここまでか?と思わせますが、その後は何事もなく周回を重ねます。
ロッシ、玉田のトップグループと3位メランドリの差がだんだん開いていきます。
そして、ついに玉田が動きました。5週目の90度コーナーでロッシをパス、遂にトップです!!
みんな、スゴイ歓声で玉田を応援します。もちろん、おいらもw
その後、玉田はロッシを引き離しにかかります。ロッシも、タイヤがイマイチだったのか、思ったほどペースが上がらす、玉田追撃が出来ない模様。玉田、こけるなよ、BSタイヤも最後までもってくれよ、と祈りつつ戦況を見守ります。
9周目、順調に4位走行していたノリックがまさかのスローダウン。マシントラブルで、そのままピットに入ってリタイヤしてしまいます。母国GPでリタイヤするのはさぞかし無念でしょう。でも仕方ありません。それが勝負です。
レース中盤は、上位にあまり変動はなく淡々とラップを重ねていきます。
調子がイマイチのセテはどんどん順位を下げて7位まで落ちます。
そんな中、玉田は一人元気に走ります。ロッシとの差を1秒以上と徐々に広げていきます。
そして18週目、ついに中野が90度コーナー(だったよな)でペースの上がらないメランドリをパスして3位に浮上します。
グランドスタンドのカワサキ応援席からは悲鳴に近い歓声!
このままいけーっ、って感じです。
この時点で玉田とロッシの差は4秒ちかく開いてます。こけたり、マシントラブルになったりしない限り、玉田の優勝は間違いありません。でも、速度をゆるめず、後ろを振り返らないで走る玉田。日本GPへの意気込みを感じます。
そしてファイナルラップ、こけるなよと祈りつつ玉田を見守ります。ロッシとの差を6秒に広げ、玉田がトップでグランドスタンド前に姿を現します。スタンドは大歓声。
最終コーナーを回って、初めて後ろを振り返り、ウィリーでチェッカーを受けます。ファンサービスも忘れてませんねw
やってくれましたよ、玉田誠。ロッシを押さえて優勝です。
2位にロッシ、そして3位でカワサキの中野がゴールラインを通過します。
もてぎはこのとき、割れんばかりの大歓声に包まれましたw
日本のGPで最高峰カテゴリーで、日本人が優勝、また、表彰台に2人の日本人が乗るという素晴らしいリザルト。
いや~、燃え尽きるというのはこういうことを言うのですね。
見ていて、とても面白かったし、その場で、あの感動を共有できたことが、とても嬉しかったです。
中野はインタビューで、今までのレースのなかで、最後のラップが一番長く感じたと言ってました。それほど中野にとっても、カワサキにとっても貴重な3位だったのでしょう。
また、もてぎの決勝の日は予選と比べてかなり暑かったので、路面温度も予想以上に高くなっていたようでした。
玉田はレース後、タイヤの選択について「最初はロッシと同じようなタイヤを履く予定だったけど、それじゃ勝てないと思ったので、思い切ってBSの人の勧めるタイヤにした」というようなことを言ってました。結果このように明暗が分かれたのですね。
また、レース後、ロッシは「玉田に負けたのか、タイヤ(ブリジストン)に負けたのかよくわからない」というコメントを残しました。
そして、2004年の日本GPは様々な感動を残して終わっていったのでした。
日本GPにむけて 2004年振り返る 番外編 ― 2005年09月05日 17:02
さて、数々の感動を残して終了した2004年の日本GPでしたが、個人的に書かなければいけないエピソードがあるので掲載します。
MotoGPは金曜日から日曜日まで3日間かけて行われます。
金曜、土曜は予選で日曜日が決勝。
Izanagiは金曜日の朝6時のゲートオープン目指して車を走らせます。
2003年までは日本でのGP開催が鈴鹿とツインリンクもてぎの2回ありましたが、2004年からは、加藤大治郎選手の悲しい事故のこともあり、鈴鹿での開催は見送られもてぎだけでしか行われなくなりました。そのためか、いつもよりも来場者が多かったのでした。
さて、おいらは土曜日にどうしても抜けられない用事がありまして、でもGPは見たいので、金曜日にGPを見ていったん帰宅し、土曜日の用事が済んだ後、またもてぎに行く計画を立てました。
金曜日の朝6時にゲートオープンです。それに間に合うように車を走らせ、無事に入場し、適当な駐車場を探します。
あれよあれよ、と言う間に駐車場は車でいっぱいに。
おいらも適当によさげな場所に停めました。巡回バス停の近くでした。
隣の車は、軽っぽい1BOX。相模ナンバーでした。
その時は、この人達は、神奈川からきたんだなぁ くらいにしか思ってませんでした。
金曜日の予選が終了し、いそいそと帰宅する準備。
その前に、駐車場を確保して置こうと必死なモレ。
ハタを立ててみたり、石をおいてみたりしました。
その時に、隣の車の方が
「発電器があるから、よかったら電気使ってください」
と声をかけてくれました。
モレ、お礼をいって他愛もない世間話をそのおじさんとしてました。すると、そのおじさんの口から、「息子が走ってるんですよ」と驚きの一言!
そうなんです。そのおじさんは、当時全日本の125ccで活躍していた小山知良選手(koyamax)のお父さんだったのでした!!
小山選手は、今回の日本GPは125ccにワイルドカードで出場していました。
お父さんが話すには、ヤマハのエンジン(小山選手は全日本時代はヤマハでした)は世界向けじゃないから辛いんだよ。
と話してくれました。
そうはいっても、金曜日の時点で、小山選手は日本勢でトップタイムでしたし、土日を通しても日本勢のトップでした。
それから、ロッシの強さのことや125ccのことをいろいろ聞かせていただきました。
そして、私はいったん家に帰らないといけないことを告げると、駐車場を確保しておいてもらえる事となりました。
オイオイ、なに頼んでるんだよ、ってツッコミはおいといて、土曜日の夜、再びもてぎに到着します。
土曜日も無茶苦茶車が混んでいたようで、確保していただくのにかなり苦労してもらったようでした。
ほんと、申し訳なかったです。しかも、いろいろご迷惑をかけてしまったうえに、ステッカーまでいただいてしまい、ほんとにお世話になりました。
お母さんが、相模原で喫茶店をやっているようです。
ここで宣伝させていただきます。
MotoGP125ccクラスフル参戦中の小山知良選手のページ
http://www.koyamax.com/
お母さんが経営している工房cafeイホロのページ
http://www.ihoro.com/index.html
もしかして、違ってたら教えて下さいw
今年もお会いできるといいですねw
みなさん、あの興奮はその場にいないと味わえないものです。
まだ、間に合います。チケットを買って観戦しに行きましょう!!
MotoGPは金曜日から日曜日まで3日間かけて行われます。
金曜、土曜は予選で日曜日が決勝。
Izanagiは金曜日の朝6時のゲートオープン目指して車を走らせます。
2003年までは日本でのGP開催が鈴鹿とツインリンクもてぎの2回ありましたが、2004年からは、加藤大治郎選手の悲しい事故のこともあり、鈴鹿での開催は見送られもてぎだけでしか行われなくなりました。そのためか、いつもよりも来場者が多かったのでした。
さて、おいらは土曜日にどうしても抜けられない用事がありまして、でもGPは見たいので、金曜日にGPを見ていったん帰宅し、土曜日の用事が済んだ後、またもてぎに行く計画を立てました。
金曜日の朝6時にゲートオープンです。それに間に合うように車を走らせ、無事に入場し、適当な駐車場を探します。
あれよあれよ、と言う間に駐車場は車でいっぱいに。
おいらも適当によさげな場所に停めました。巡回バス停の近くでした。
隣の車は、軽っぽい1BOX。相模ナンバーでした。
その時は、この人達は、神奈川からきたんだなぁ くらいにしか思ってませんでした。
金曜日の予選が終了し、いそいそと帰宅する準備。
その前に、駐車場を確保して置こうと必死なモレ。
ハタを立ててみたり、石をおいてみたりしました。
その時に、隣の車の方が
「発電器があるから、よかったら電気使ってください」
と声をかけてくれました。
モレ、お礼をいって他愛もない世間話をそのおじさんとしてました。すると、そのおじさんの口から、「息子が走ってるんですよ」と驚きの一言!
そうなんです。そのおじさんは、当時全日本の125ccで活躍していた小山知良選手(koyamax)のお父さんだったのでした!!
小山選手は、今回の日本GPは125ccにワイルドカードで出場していました。
お父さんが話すには、ヤマハのエンジン(小山選手は全日本時代はヤマハでした)は世界向けじゃないから辛いんだよ。
と話してくれました。
そうはいっても、金曜日の時点で、小山選手は日本勢でトップタイムでしたし、土日を通しても日本勢のトップでした。
それから、ロッシの強さのことや125ccのことをいろいろ聞かせていただきました。
そして、私はいったん家に帰らないといけないことを告げると、駐車場を確保しておいてもらえる事となりました。
オイオイ、なに頼んでるんだよ、ってツッコミはおいといて、土曜日の夜、再びもてぎに到着します。
土曜日も無茶苦茶車が混んでいたようで、確保していただくのにかなり苦労してもらったようでした。
ほんと、申し訳なかったです。しかも、いろいろご迷惑をかけてしまったうえに、ステッカーまでいただいてしまい、ほんとにお世話になりました。
お母さんが、相模原で喫茶店をやっているようです。
ここで宣伝させていただきます。
MotoGP125ccクラスフル参戦中の小山知良選手のページ
http://www.koyamax.com/
お母さんが経営している工房cafeイホロのページ
http://www.ihoro.com/index.html
もしかして、違ってたら教えて下さいw
今年もお会いできるといいですねw
みなさん、あの興奮はその場にいないと味わえないものです。
まだ、間に合います。チケットを買って観戦しに行きましょう!!






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